アルコール依存症 の恐怖12

現実と虚像

仕事は続けていました。

お客様の評判も悪くありません。

お陰様で忙しい毎日を送ることができていました。

かつて伯父の依存症がひどかったときに努めていたお店は、
別な理由で円満退職し、
自宅からあまり離れていないお店に転職していました。

通勤は当時流行っていたマウンテンバイク。

生活も安定してきましたが、
気がかりなのは祖母の生活環境と近隣の厳しい目。

相変わらず出会う近所の人たちは、
怪訝な面持ちで私のことを見ます。

もしかすると被害妄想でそのように感じていただけかもしれません。

私は精神的に追い込まれていたのかもしれませんが、
伯父との生活を乗り越えることができたおかげで、
心の病気になるほど大変な状況にはならなかったのだと思っています。

それでも祖母の部屋には休日の昼間などに定期的に顔を出して、
話し相手などをしていましたが、
ある日変なことを言い始めたのです。

「わたしが机の上においておいた紙切れがなくなっている」

私は何を言っているのかわからなかったのですが、
その紙切れが小さなちゃぶ台の下に落ちていないか
確認しようと四脚ある足の片側を調べ始めました。

「なにか書いてあるものなの?」

そのように聞いたのは、
祖母がよくレシートやチラシの裏面に細かい字でメモを取ることが
習慣になっていることを子供の頃から知っているためです。

「・・・・・・」

祖母は何も言いません。

「落ちてはいないみたいだね」

そう言って祖母に目をやり、
残念そうな顔をしました。

すると祖母は、

「今日だけじゃない」

「毎晩、毎晩こっそり盗みに入ってきているんだよ」

何の冗談かよくわからないまま

「は?何言ってるの?ちゃんとドアには鍵をかけて・・・・・」

全てを言い終わらないうちにいつもより大きな声で、
私の言葉を遮るように言うのです。

「あそこから入ってくるんだよ!」

祖母が指を指したのは、
昼でも雨戸がしまったままになっている、
たった一つしか無い部屋の窓です。

どうして気づかなかったのでしょうか。

祖母は年中雨戸を閉めっぱなしで生活していたのです。

私は朝早くに出勤し夜遅くに帰ってくるので、
昼間に雨戸が閉まったままになっているとは思ってもみませんでした。

私の心の中で危険を知らせるシグナルが光り始めました。

(これは、まずい)

私の本能がそう言っていました。

伯父との生活で鍛えられた勘のようなものでしょうか。

危険シグナルは心拍数とともにどんどんと早まって来ます。

(この場にいてはいけない)

そう思って、何かを話さなければと思いました。

しかし、閉じたままになっている雨戸から入ってくる侵入者のことについて、
何を話せば良いのでしょうか。

冗談を言って笑い飛ばせばよいのでしょうか?

理路整然と理屈を述べればよいのでしょうか?

そのどれもが当てはまらないと思った私は、
こう言いました。

「閉まったままの雨戸からは誰も入ってこれないよ」

当たり前のことです。

当たり前のことをシンプルに言いました。

なぜなら何を言ったとしても、
良い方向に物事が進むように思えなかったからです。

何に観念したのがはわかりませんが、
シンプルな言葉しかその場には当てはまらないと判断しました。

すると祖母が私を見ながらこういったのです。

「ついに正体を現したな!」

祖母の顔は何かが乗り移っているように見えました。