アルコール依存症の恐怖 その3
ダメな人たち
伯父の容姿は、頭頂部が禿げ上がりサイドにしか毛髪が残っておらず、ちょんまげの無い短髪の侍のようでしたし、胃の摘出手術の影響か肋骨が浮き出るくらいにとても痩せており、目はギョロッとしていて唇が厚く、背も高くありませんでしたので、間違いなくイケメンではありませんでした。
ただ、目力が強く弁舌巧みな自信家で、頭の悪い私から見れば相当な物知りでしたので、夜中に二人で語り合ったりすると、とても頼もしく思えることがしばしばありましたが、いかんせん仕事が続かず、ほぼ毎日酒に溺れる姿を見せられると、あらためて「ダメな伯父」だと思ってしまいます。
私の父は弟に当たるのですが、こちらは仕事ができないダメおやじでして、伯父と比べてどうかと言われると、どっちもどっちで、少なくとも人生の手本にはしたくないダメな人たちでした。
その伯父が「再就職のために必要」と出勤前に言うので、急いでいた私は銀行のキャッシュカードをわたして、暗証番号をメモらせ、このように言いました。
フリオ「必要な額(確か5万円くらいだったと思う)しか下ろさないでくださいね」
伯父「わかった。大丈夫だ」
仕事から帰ると、伯父と同居するようになってからいつも点いていた部屋の明かりが消えていましたので、就職を勝ち取り今日は帰りが遅いのかもしれないと想像して、部屋に入りました。
久々に一人になったので、狭い6畳一間のアパートがなんとなく広くなったように感じたことを覚えています。
伯父を待とうと思って、久々にテレビゲームをやったり深夜番組を観て過ごしましたが、いつの間にが寝落ちしていて、気がついたら朝になっていました。
「あれ?伯父さん帰ってこなかったのか?」
もしかすると、新しい就職先で歓迎してもらい、深酒してして、駅や道路で寝てしまったのかもしれない・・・・。
不安にはなりましたが、行き先もわからないですし仕事に遅れてしまうので、とりあえず自分が仕事から帰ってきてから考えることにしました。
その日もアパートには電気は点きませんでした。
明くる日も、そのまた明くる日も、伯父は帰ってこなかったのです。
これは、どういうことだ?
どこかで事故にあって死んでしまったのかもしれない・・・・。
そんな不安が頭の中を駆け巡り、仕事も手につかないほど焦りました。
真夏のシナリオ
伯父が姿を消して、ちょうど一週間経った朝のことです。
クーラーのないぼろアパートで、扇風機では真夏の暑さは全くしのげないことはわかっていても、そいつに頼らざるを得ない・・・・そんなジメジメしたひどく暑い夏の朝、不意に伯父が帰ってきました。
伯父「いや〜大変だったよ」
伯父は、なんだかとてもご機嫌な様子で、笑顔で白い歯が見えました。
フリオ「伯父さん一週間もどうしたの」
伯父「いや〜参ったよ」
フリオ「一体何があったの?」
伯父「空港でお金が盗まれたんだよ」
フリオ「ええ!それは大変」
伯父「大変だったよ。胸ポケットに入れていたお札が気がついたら無くなっていたんだ」
フリオ「そうだったの、じゃあキャッシュカード渡しておいてよかったね」
伯父「ああ」
伯父は、腰を下ろし伸びをして、疲れを癒しているようでした。
突然の帰宅には驚きましたが、それ以上に安心しました。
生きていて本当に良かったと思いました。
話をしながら落ち着きを取り戻した私は、伯父からお酒の匂いがプンプンしていることに気づきました。よく見ると顔も日焼けではなく酒焼けで、ご機嫌な様子の正体が酒だと言うことがわかりました。
フリオ「ところでいくら盗まれたの?」
伯父「全額だよ」
フリオ「ええっ、じゃあ5万円全部盗まれちゃったの?」
伯父「・・・・」
フリオ「そのあと、貯金からはいくら下ろしたの?」
伯父「だから、全額だよ」
フリオ「・・・・・・・え?」
さすがにフリーズしました。
そして、そのフリーズ直後に最悪のシナリオが瞬時に脳裏に浮び、あとは確信を待つだけの体制が出来上がってしまいました。
勉強ができない、頭の悪いわたしですら、容易に想像することができる最悪のシナリオを確認するための質問を発する前に、自分の行動を呪い、心の底から後悔しました。
そして、必死に冷静さを保ちながらこう言ったのです。
「伯父さん、一体いくら下ろしたの?」
伯父は、少しためらうような素振りや、申し訳なさそうな態度を見せたかもしれませんが、わたしは全く覚えていません。
覚えているのは、白い歯を見せながら薄ら笑いを浮かべ、どこか勝ち誇ったような態度で
「全額だよ」
と平気で言い放った、あの伯父のギョロッとした不気味な眼差しだけです。