アルコール依存症の恐怖9

次から次へと・・・・

病室に伯父が待っていると思っていました。

しかし病室に通されたのは私のみでした。

様々な説明を受けたのだと思いますが、
具体的な内容までは覚えていません。

きっと叔父の容態に関する説明をされたのだと思います。

私はぼーっとしていました。

何も考えられなくなっていたのです。

いえ、何も考えたくなくなってしまっていたのです。

ケースワーカーを紹介されて、
伯父が面会できない状態にあること、
入院の手続きや費用の面などについて
説明を受けたように思います。

そこは大きな国立の精神病院でしたから、
精神的な疾患の患者が多く、
待合で腰掛けていると、
普通に見ず知らずの人から声をかけられます。

ずっと、震えている人。

どこか一点を見ている人。

唸っている人。

独り言を行っている人。

様々な人がいました。

しかもひしめき合うくらい、
多くの患者がいたように記憶しています。

声をかけてくれた中年男性は、
私が病人だと勘違いしたらしく、

「どこが悪いんだ」

というような質問をしてきました。

私は、
「いえ、私ではなく伯父の付き添いなんです」
と答えました。

すると、
「そうか、俺も本当はこんなところにいる人間じゃないんだ」
などと私と視線を合わすか合わさないかくらいの角度で、
急に身の上話をしはじめました。

そしてその話は淡々とした一定のトーンで、
終わりが見えない迷宮のように続いていく気がしました。

初めての経験でしたので、
恐ろしくなってしまい、
申し訳なかったのですが、
その場から逃げ出してしまいました。

結局その日、
私は伯父と会うことは許されず、
Tさんと一緒にそのまま病院を後にしました。

父への連絡

私の父はお酒を一滴も飲みません。

タバコも吸いません。

それだけ聞くと、
とても真面目そうなイメージを思い浮かべるかもしれませんが、
ついでに仕事もしません。

典型的なヒモ亭主でした。

私は10代で家を出ましたので、
それ以来父との関係はうまく行っておらず、
伯父を引き取った際に数回あった程度で、
普段から連絡はしていませんでした。

なぜなら、
幼い頃から虐待を受けていたからです。

虐待 のラビリンス

最近ではニュースなどで虐待の報道が多くなりましたが、
昔はメディアなどにあまり取り上げられておらず、
誰にも言えない我が家の恥部でした。

幼少期のトラウマで、
父と顔を合わせることもできない・・・・
などという類いのものではないので、
会うことも話をすることもストレスはありませんでした。

ただ、父との関係が良好とは言えなかったのは確かで、
伯父の入院という我が家にとっての大事件がなければ、
父に連絡をすることもなかったと思います。

白い自家用車で私のアパートに迎えに来た父に、
軽く挨拶をして助手席に乗り、
道すがら伯父の状況をなるべくわかりやすく説明しました。

父に対して自分の兄である伯父の状況を、
息子の私が説明するというのは、
かなり不自然だったと思います。

そもそも私が伯父の問題を背負っていること自体が
不自然なことなのですが、
私自身は気にも止めていませんでした。

もう、伯父の面倒を見ること自体、
自分に課せられた義務だと思い込んでいました。

病院に到着し、
待ち合わせしていたTさんと合流し、
伯父の入院する階に移動しました。

病室には入れませんのでピロティで待機し、
父にTさんを紹介しつつ伯父を待っていました。

少し待った後、
鍵のかかった入り口から伯父が出て来ました。

父は伯父を見るなり罵声を浴びせましたが、
伯父は落ち着いた様子でそれをかわします。

アルコールが抜けて正常になった伯父は、
自分の状況をちゃんと理解しており、
普通に話ができるようになっていました。

父の態度は傲慢で、
伯父に対して感情的な言葉ばかりをぶつけます。

確かに伯父はアルコール依存症の末期で、
発見が遅れていたら死んでいたかもしれなかったので、
心配する側からすれば感情的になるのも理解できます。

ただ、何もしていないあなたが言うなと、
心の中で思いました。

結局父は具体的な今後の方向性などには協力的ではなく、
私に対しては口先だけの感謝をするものの、
親切にしてくれたTさんに対して悪言を吐く始末で、
やはりこの人に声をかけるべきじゃなかったと、
後悔をしました。

私がやるしかないのだな・・・・
そう思ってケースワーカーと今後について相談をし、
確か週に1回のペースで病院に通うことにしました。

病院のお金など、
どのようにしていたのか全く覚えていません。

ただ、伯父に会いに行くたびに
伯父が回復して行くのがわかり、
嬉しい反面、
また、同じことが繰り返されるかもしれない恐怖で
先のことを考えるのが嫌になっていました。

「とりあえず、今をなんとかしよう」

そのように自分に言い聞かせていました。

考え方を変えれば、
病院にいる限り伯父は安心なので、
以前よりも自分の生活に集中できるようになっていました。

このまま何事もなく、
今の状況が続けば良いと思っていました。