アルコール依存症 の恐怖14

Markus DistelrathによるPixabayからの画像

伯父の手記(1)

偶然見つかった縁が茶色く変色した原稿用紙からは、
古い紙の独特な香りがしました。

そこには、
アルコール依存症から抜け出そうをしている、
私の知らない伯父の姿がありました。

以下に伯父の手記を載せます。

私(伯父)は、この集会に初めて出席した時、
この会場がキリスト教会の2階にある別室でありながら、
集会そのものが協会の信者たちの小規模な集いであり、
1階の玄関入り口に細いチェーンで下げられた「A」の看板が、
Aミーティングの会場を示していたことと思いあわせ、
Aミーティングの内容が他の会場で行われているそれと比べて
圧倒的な宗教色の強さであることに驚きを禁じえませんでした。

その日は当病院からの出席は私を含めて3人で、
皆初めてでしたが、他の2人は出席者の数人と顔見知りの様でした。

チェアーマンが、Aの伝統第11で触れている
「〇〇の魅力」を引用して、
当集会が参加者を減少させている点を討議したい旨、
発言したところ、
出席者の常連と思われる人達から、
事前の下打ち合わせもなく、
唐突にその様な問題提起をすべきではないし、
この集会に図るべきではないのと、
これは我々の問題にもなりえないと思うので、
考え方が間違っていると指摘した上で、
今日は特に新人の3名がきているのだから、
別の話をすべきである旨の発言がなされました。

私は僭越であることをお断りして発言の許しの下、
我々3人はすでにAミーティングの何たるかを経験している事、
議題がそういうものであっても戸惑うどころか、
むしろ集会の在り方に関連する大切なことと思うし、
大変興味のある問題だから、
我々に対する配慮は無用の事、
主題についての私見は、
ミーティング参加者の増減が専ら参加者の恣意
(自分の勝手な考え)にもよろうが、
むしろ思惟(経験によって学んだ事実と比較して、その関係を定め、
それによって未だ経験しない部分に至ろうとする精神作用)
に委ねるべき事、
などを述べたものでした。

種々意見があった後、ミーティングはソブラエティー
(飲まないで生きること)の事になり、
出席者が順番に発言しました。

私達3人を除く大部分の人は、
それぞれの考えを述べられた時、
必ずイエス・キリスト又は神の恵による霊的お導きの賜について語り、聖書の好きな句を引き合いに自分の話をし、或いは兄弟姉妹の近況や、家庭集会(おそらく教会活動と思われた)の模様とかが話されました。

私は自分の番が来た時に、
自分の簡単な酒歴と、
病院内で行われたAビギナーズ・ミーティングに
欠かさず出席してきたことにより、
入院時より受けてきた主治医による集団療法のお陰と相まって、
断酒への理解が深まって、
ソブラエティーへの途に近付きつつあると思うので、
今後共ミーティングへの出席で学んで行きたい旨を話しました。