アルコール依存症の恐怖7
新たなる来訪者
ドン、ドン。
一人暮らしのぼろアパートに、朝から人が訪ねてくることなどほとんどありません。
ましてや、近所付き合いも皆無で彼女もいなかった私の部屋は、いつもどんよりとしていて暗い感じで、寂しいくらい静かでした。
夜中に友達が来て少し大きな声を出すと、隣の住人が壁を叩くくらいのコミュニケーションはありましたが、アパートの住人と話すことなどほとんどありませんでした。
その寂しく静かな私のアパートの仄暗い玄関の扉が、にわかに騒々しくなったのです。
ドン、ドン。
それは、ノックというよりも扉を殴っているかのような音でした。
もしかすると、突然のことで大きな音に聞こえただけかもしれません。
ドン、ドン、ドン。
そして、その音は次第に強い連続音となり、
ドンドン、ドンドン、ドンドンドンドンドン。
訪問者の苛立ちがそのノック音からリアルに伝わってきました。
ドンドンドンドン、ドンドンドンドンドンドン。
強制執行経験し来訪者に敏感になっていた私は、恐怖心を喉の奥へしまい込みながらドアに近づき、できる限り冷静に「はい」と一言だけ吐いて、玄関を開けました。
そこにいたのは、50代後半~60代の男性で、白髪混じりの少し伸び過ぎた髪型と、右手のタバコを鮮明に覚えています。
男性は、私がドアを引き戻せないようにすぐさま左足でロックし、身長178cmのわたしを見上げるようにして睨みつけてきました。
そしていきなり、高圧的な態度で大声を上げたのです。
「俺は、〇〇の者だ」
「〇〇(伯父の名前)に金を貸してんだよ!」
「〇〇は何処だ!!」
これは、ヤバいタイプの人間だと察知した私は、相手のまくし立てるような言葉のマシンガンに乗っからないように、びっくりした顔そのままで、マシンガンの弾が切れるのを待ちました。
緊迫した状況にもかかわらず、何故か冷静でいられたのが不思議です。
そして、弾が切れたその時にこう言ったのです。
「ああ、伯父さんですか」
「うちにはきたこともないですし、幼少の頃会ったきりですよ」
完璧にごまかしました。
内心はドッキドキだったと思います。
しかし、私のアパートには伯父の痕跡がすでになかったので、ここはごまかすしかないと思って腹をくくった一世一代の大嘘でした。
私のほうが、かなり背が高くて、見下ろす形になっていたこともあり、相手のほうが少し警戒したのかもしれませんが、相手から次の言葉が出てこないのです。
なんとなく最初の威勢が消えかかっているように感じたので、その男性が私の家の中に入ろうとした瞬間、動線を軽く体で塞いでみました。
すると、割とすんなり引き下がるのです。
見上げるその目には怖さよりも動揺が映り、こちらが優勢であることを確信しました。
そこで、
「いきなり、朝から何なんですか?」
「お名前は?」
「伯父とはとう言う関係ですか?」
今度は逆に私からまくしたてるように質問攻めにしたのです。
子供の頃から声は響くタイプでしたので、ガンガン攻めました。
でも内心かなりビビっていたので、質問したにもかかわらず相手の名前さえ一切覚えていません。
必死だったのです。
一本の電話
2回の来訪事件後の他に、企業や〇〇庁などの見ず知らずの人からの電話対応がとても鬱陶しくて、電話が鳴るたびにイライラしていました。
伯父は、私のことを息子だと嘘をつき、電話番号を教えていたようです。
それでも日が立つに連れ、そのような電話がだんだんと無くなり、伯父の影も消えかけた頃に一本の電話がかかってきました。
いつものように、イライラしながら電話に出てみると、やはり見ず知らずの方でしたので、
「あのう、すいません。伯父宛の電話でしょうか?」
と、いきなり核心から問いかけてみたところ帰ってきた答えは、
「あの、フリオくんだよね。初めまして。」
物腰の柔らかい、とても丁寧な電話の主はこう続けました。
「ええと、〇〇さん(伯父の名前)と一緒の職場のものなんだけどね」
伯父が働いているということも、このやり取りではじめて知りましたし、この電話が明らかに私に伯父の状況を知らせるためのものであることがわかりました。
「いま、〇〇さん・・・、君の伯父さんと一緒に暮らしているんだよ」
「伯父さんすごくいい人で意気投合しちゃったから、今ボクの家で一緒にくらしているんだ」
とても無邪気に報告してくれるTさんでしたが、私はいつお金の話がでてくるのか怖くて仕方ありませんでした。
私は、
「あの、伯父は、伯父は元気でやっていますか?」
と、恐る恐る聞いてみたところ、
「うん、とっても元気だよ」
「フリオくんが心配しているだろうから電話してくれって頼まれたんだ」
という解答でした。
Tさんはとても良い人で、私よりも20歳以上年長でしたが、声から伝わってくる雰囲気はとても若々しく、好感が持てました。
信頼できる人だと直感し、何かあれば連絡を取り合う約束をして、その日は電話を切りました。
とにかく、この日の電話は、伯父を引き取って欲しいとか、生活費をよこせとか、そういう類のものではなかったことに安堵し、完全ではないにせよ、ようやく開放されたという実感で満たされました。
しかし、災いは忘れた頃にやってくるものです。
アルコール依存症という鎖は、その家族を離しません。
不幸の境地に縛り付け、逃げ道を塞ぎます。
そして、新たな家族をも蝕んでいくのです。
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