バンド 活動
バンド 結成
バンド を初めて結成したのは高校生の頃でした。
文化祭に出演することを目標にメンバーを募集していた同級生のバンドに誘ってもらって、ボーカルを担当したのが最初です。
歌ったのは大瀧詠一さんの「恋するカレン」と「君は天然色」の2曲で、何度も地元のスタジオで練習しました。
同学年の間で流行っていたのは、チェッカーズや吉川晃司さんだったかもしれませんが、私は中学生の頃から好きだったオフコースや稲垣潤一さん、大瀧詠一さん、杉真理さん、山下達郎さん、などがお気に入りでした。
当時は、大瀧詠一さんの代表的なアルバム「A LONG VACATION」そして、「ナイアガラトライアングルVOL2」が発売された後で、音楽がとてもおしゃれな時代だった気がします。
バンドのメンバーが選んだ2曲が私が好きな曲だったこともあり(いや、もしかしたらバンドで選曲してから好きになったのかもしれない)カセットテープを何回も聞いて歌詞を覚えました。
リードギター、サイドギター、ベース、キーボード、ドラム、ボカールの6人編成だったかな?リードギターが女子だったと記憶しています。
バンドの名前も忘れてしまったけど、とっても懐かしく、楽しい思い出として大切に残っています。
文化祭以外に、もう一回くらい演奏して解散してしまったと思います。
そんな時に別の友達から誘われたのがLOUDNESSのコピーバンドでした。ジャパメタがものすごいブーム(と言っても全体の中では少数派なのですが)でしたから、興味もあって、参加させていただきました。
メンバーのうち、同じ高校の友達は一人で、後の3人は初めて会う人でしたが、いつも通っていたスタジオだったので、あまり緊張もせず最初の練習がスタートしました。
曲は「SPEED」「Esper」「Crazy Doctor」だったと思います。
全然歌えませんでした・・・・。
たった、2回のスタジオ練習でクビになりました。
いや、自分から逃げ出したんです。
ハイトーンが出ないっていう苦しみから逃げ出したんです。
2度と歌なんか歌わない!っていじけました。
あれから30年以上経ち、あの時歌えなくて、いじけて、悔しがって、諦めたLOUDNESSを歌っちゃってますね。
もちろん下手なままですよw。
でも、下手でも楽しんで歌うことができるようになりました。
LOUDNESSを歌うといつも歌えなかったあの頃を思い出します。そしてあの頃の自分に心の中で言ってあげるんです。
「もっと楽しめ」
それは、今の自分に言い聞かせるためでもあります。
LIVEを控えているので、もっと人に聴かせるレベルに少しでも近づけたいと思って、努力をしているつもりですが、空回りして気持ちだけ焦り、楽しむことを忘れてしまいがちです。
そんな自分に、
「もっと楽しめ」
って、いつも言ってやるんです。